アーカイブ | 1月, 2016

再生核研究所声明280(2016.01.29) ゼロ除算の公認、認知を求める

29 1月

再生核研究所声明280(2016.01.29)  ゼロ除算の公認、認知を求める

 

ゼロで割ること、すなわち、ゼロ除算は、西暦628年インドでゼロが記録されて以来の懸案の問題で、神秘的な話題を提供してきた。最新の状況については声明279を参照。ゼロ除算は 数学として完全な扱いができたばかりか、結果が世の普遍的な現象を表現していることが実証された。それらは3篇の論文に公刊され、第4論文も出版が決まり、さらに4篇の論文原稿があり、討論されている。2つの招待された国際会議で報告され、日本数学会でも2件発表された。また、ゼロ除算の解説(2015.1.14;14ページ)を1000部印刷配布、広く議論している。さらに, インターネット上でも公開で解説している:
堪らなく楽しい数学-ゼロで割ることを考える(18)

数学基礎学力研究会のホームページ

URLは http://www.mirun.sctv.jp/~suugaku

最近、3つの研究グループに遭遇した:

 

論理、計算機科学、代数的な体の構造の問題(J. A. Bergstra, Y. Hirshfeld and J. V. Tucker)、

特殊相対性の理論とゼロ除算の関係(J. P. Barukcic and I. Barukcic)、

計算器がゼロ除算に会うと実害が起きることから、ゼロ除算回避の視点から、ゼロ除算の研究(T. S. Reis and James A.D.W. Anderson)。

 

これらの理論は、いずれも不完全、人為的で我々が確定せしめたゼロ除算が、確定的な数学であると考える。世では、未だゼロ除算について不可思議な議論が続いているが、数学的には既に確定していると考える。

ゼロ除算について、不可能であるとの認識、議論は、簡単なゼロ除算について 1300年を超える過ちであり、数学界の歴史的な汚点である。そのために数学を始め、物理学や世界の文化の発展を遅らせ、それで、人類は 猿以下の争いを未だ続けていると考えられる。

数学界は この汚名を速やかに晴らして、数学の欠陥部分を修正、補充すべきである。 そして、今こそ、アインシュタインの数学不信を晴らすべきときである。数学とは本来、完全に美しく、永遠不滅の、絶対的な存在である。― 実際、数学の論理の本質は 人類が存在して以来 どんな変化も認められない。数学は宇宙の運動のように人間を離れた存在である。

再生核研究所声明で述べてきたように、ゼロ除算は、数学、物理学ばかりではなく、広く人生観、世界観、空間論を大きく変え、人類の夜明けを切り拓く指導原理になるものと考える。

そこで、発見から、2年目を迎えるのを期に、世の影響力のある方々に ゼロ除算の結果の公認、社会的に 広い認知が得られるように 協力を要請したい。

 

文献:

 

1) J. P. Barukcic and I. Barukcic, Anti Aristotle – The Division Of Zero By Zero,

ViXra.org (Friday, June 5, 2015)

© Ilija Barukčić, Jever, Germany. All rights reserved. Friday, June 5, 2015 20:44:59.

 

2) J. A. Bergstra, Y. Hirshfeld and J. V. Tucker,

Meadows and the equational specification of division (arXiv:0901.0823v1[math.RA] 7 Jan 2009).

 

3) M. Kuroda, H. Michiwaki, S. Saitoh, and M. Yamane,

New meanings of the division by zero and interpretations on $100/0=0$ and on $0/0=0$, Int. J. Appl. Math. {\bf 27} (2014), no 2, pp. 191-198, DOI:10.12732/ijam.v27i2.9.

 

4) H. Michiwaki, S. Saitoh, and M.Yamada,

Reality of the division by zero $z/0=0$. IJAPM (International J. of Applied Physics and Math. 6(2015), 1–8.  http://www.ijapm.org/show-63-504-1.html

 

5) T. S. Reis and James A.D.W. Anderson,

Transdifferential and Transintegral Calculus, Proceedings of the World Congress on Engineering and Computer Science 2014 Vol I WCECS 2014, 22-24 October, 2014, San Francisco, USA

 

6) T. S. Reis and James A.D.W. Anderson,

Transreal Calculus, IAENG International J. of Applied Math., 45: IJAM_45_1_06.

 

7) S. Saitoh, Generalized inversions of Hadamard and tensor products for matrices, Advances in Linear Algebra \& Matrix Theory. {\bf 4} (2014), no. 2, 87–95. http://www.scirp.org/journal/ALAMT/

 

7) S.-E. Takahasi, M. Tsukada and Y. Kobayashi, Classification of continuous fractional binary operations on the real and complex fields, Tokyo Journal of Mathematics, {\bf 38}(2015), no.2. 369-380.

 

8)  Saitoh, S., A reproducing kernel theory with some general applications (31pages)ISAAC (2015) Plenary speakers 13名 による本が スプリンガーから出版される。

 

以 上

 

2016.1.23.16:50

2016.1.24.07:05

2016.1.24.16:00

2016.1.25.05:25

2016.1.25.16:42

2016.1.25.19:55

2016.1.26.06:45

2016.1.27.06:35

2016.1.27.19:20

2016.1.28.06:20

2016.1.28.15:35

2016.1.28.21:30曲率と逆関数の微分係数にゼロ除算の現れを発見

2016.1.29.06:20

2016.1.29.06:25 完成、公表

再生核研究所声明 279(2016.01.28) ゼロ除算の意義

28 1月

再生核研究所声明 279(2016.01.28)   ゼロ除算の意義

 

ここでは、ゼロ除算発見2周年目が近づいた現時点における ゼロ除算100/0=0, 0/0=0の意義を箇条書きで纏めて置こう。

 

1)。西暦628年インドでゼロが記録されて以来 ゼロで割るという問題 に 簡明で、決定的な解決をもたらした。数学として完全な扱いができたばかりか、結果が世の普遍的な現象を表現していることが実証された。それらは3篇の論文に公刊され、第4論文も出版が決まり、さらに4篇の論文原稿があり、討論されている。2つの大きな国際会議で報告され、日本数学会でも2件発表され、ゼロ除算の解説(2015.1.14;14ページ)を1000部印刷配布、広く議論している。また, インターネット上でも公開で解説している:
堪らなく楽しい数学-ゼロで割ることを考える(18)

数学基礎学力研究会のホームページ

URLは http://www.mirun.sctv.jp/~suugaku

2) ゼロ除算の導入で、四則演算 加減乗除において ゼロでは 割れない の例外から、例外なく四則演算が可能である という 美しい四則演算の構造が確立された。

3)2千年以上前に ユークリッドによって確立した、平面の概念に対して、おおよそ200年前に非ユークリッド幾何学が出現し、特に楕円型非ユークリッド幾何学ではユークリッド平面に対して、無限遠点の概念がうまれ、特に立体射影で、原点上に球をおけば、 原点ゼロが 南極に、無限遠点が 北極に対応する点として 複素解析学では 100年以上も定説とされてきた。それが、無限遠点は 数では、無限ではなくて、実はゼロが対応するという驚嘆すべき世界観をもたらした。

4)ゼロ除算は ニュートンの万有引力の法則における、2点間の距離がゼロの場合における新しい解釈、独楽(コマ)の中心における角速度の不連続性の解釈、衝突などの不連続性を説明する数学になっている。ゼロ除算は アインシュタインの理論でも重要な問題になっていて、特殊相対性理論やブラックホールなどの扱いに重要な新しい視点を与える。数多く存在する物理法則を記述する方程式にゼロ除算が現れているが、それらに新解釈を与える道が拓かれた。次のような極めて重要な言葉に表されている:

George Gamow (1904-1968) Russian-born American nuclear physicist and cosmologist remarked that “it is well known to students of high school algebra” that division by zero is not valid; and Einstein admitted it as the biggest blunder of his life [1]:

  1. Gamow, G., My World Line (Viking, New York). p 44, 1970

5)複素解析学では、1次分数変換の美しい性質が、ゼロ除算の導入によって、任意の1次分数変換は 全複素平面を全複素平面に1対1 onto に写すという美しい性質に変わるが、極である1点において不連続性が現れ、ゼロ除算は、無限を 数から排除する数学になっている。

6)ゼロ除算は、不可能であるという立場であったから、ゼロで割る事を 本質的に考えてこなかったので、ゼロ除算で、分母がゼロである場合も考えるという、未知の新世界、新数学、研究課題が出現した。

7)複素解析学への影響は 未知の分野で、専門家の分野になるが、解析関数の孤立特異点での性質について新しいことが導かれる。典型的な定理は、どんな解析関数の孤立特異点でも、解析関数は 孤立特異点で、有限な確定値をとる である。佐藤の超関数の理論などへの応用がある。

8)特異積分におけるアダマールの有限部分や、コーシーの主値積分は、弾性体やクラック、破壊理論など広い世界で、自然現象を記述するのに用いられている。面白いのは 積分が、もともと有限部分と発散部分に分けられ、極限は 無限たす、有限量の形になっていて、積分は 実は、普通の積分ではなく、そこに現れる有限量を便宜的に表わしている。ところが、その有限量が実は、ゼロ除算にいう、解析関数の孤立特異点での 確定値に成っていること。いわゆる、主値に対する解釈を与えている。これはゼロ除算の結果が、広く、自然現象を記述していることを示している。

9)中学生や高校生にも十分理解できる基本的な結果をもたらした:
基本的な関数y = 1/x のグラフは、原点で ゼロである;すなわち、 1/0=0 である。

10)既に述べてきたように 道脇方式は ゼロ除算の結果100/0=0, 0/0=0および分数の定義、割り算の定義に、小学生でも理解できる新しい概念を与えている。多くの教科書、学術書を変更させる大きな影響を与える。

 

11)ゼロ除算が可能であるか否かの議論について:

 

現在 インターネット上の情報でも 世間でも、ゼロ除算は 不可能であるとの情報が多い。それは、割り算は 掛け算の逆であるという、前提に議論しているからである。それは、そのような立場では、勿論 正しいことである。出来ないという議論では、できないから、更には考えられず、その議論は、不可能のゆえに 終わりになってしまう ― もはや 展開の道は閉ざされている。しかるに、ゼロ除算が 可能であるとの考え方は、それでは、どのような理論が 展開できるのかの未知の分野が望めて、大いに期待できる世界が拓かれる。

 

12)ゼロ除算は、数学ばかりではなく、人生観、世界観や文化に大きな影響を与える。

次を参照:

 

再生核研究所声明166(2014.6.20)ゼロで割る(ゼロ除算)から学ぶ 世界観

再生核研究所声明188(2014.12.16)ゼロで割る(ゼロ除算)から観えてきた世界

再生核研究所声明262 (2015.12.09) 宇宙回帰説 ― ゼロ除算の拓いた世界観 。

 

ゼロ除算における新現象、驚きとは Aristotélēs の世界観、universe は連続である を否定して、強力な不連続性を universe の現象として受け入れることである。

 

13) ゼロ除算は ユークリッド幾何学にも基本的に現れ、いわば、素朴な無限遠点に関係するような平行線、円と直線の関係などで本質的に新しい現象が見つかり、現実の現象の説明に合致する局面が拓かれた。

 

14) 最近、3つのグループの研究に遭遇した:

 

論理、計算機科学 代数的な体の構造の問題(J. A. Bergstra, Y. Hirshfeld and J. V. Tucker)、

特殊相対性の理論とゼロ除算の関係(J. P. Barukcic and I. Barukcic)、

計算器がゼロ除算に会うと実害が起きることから、ゼロ除算回避の視点から、ゼロ除算の検討(T. S. Reis and James A.D.W. Anderson)。

 

これらの理論は、いずれも不完全、人為的で我々が確定せしめたゼロ除算が、確定的な数学であると考えられる。世では、未だゼロ除算について不可思議な議論が続いているが、数学的には既に確定していると考えられる。

 

そこで、これらの認知を求め、ゼロ除算の研究の促進を求めたい:

 

再生核研究所声明 272(2016.01.05): ゼロ除算の研究の推進を、

再生核研究所声明259(2015.12.04): 数学の生態、旬の数学 ―ゼロ除算の勧め。

 

以 上

2016.1.22.15:00

2016.1.22.15:40

2016.1.22.20:45

2016.1.23.07:05

2016.1.23.15:50

2016.1.24.06:55

2016.1.25.05:20

2016.1.25.16:40

2016.1.27.06:30

2016.1.27.17:15

2016.1.28.06:15 平凡.良い。

2016.1.28.06:25 完成、公表。

 

再生核研究所声明 278(2016.01.27): 面白いゼロ除算の混乱と話題

27 1月

再生核研究所声明 278(2016.01.27)面白いゼロ除算の混乱と話題

 

Googleサイトなどを参照すると ゼロ除算の話題は 膨大であり、世にも珍しい現象と言える(division by zero: 約298 000 000結果(0.51秒)

検索結果

ゼロ除算 – ウィキペディア、フリー百科事典

https://en.wikipedia.org/wiki/ Division_by_zero

このページを翻訳

数学では、ゼロ除算は、除数(分母)がゼロである部門です。このような部門が正式に配当である/ 0をエスプレッソすることができます(2016.1.19.13:45)).

 

問題の由来は、西暦628年インドでゼロが記録され、四則演算が考えられて、1300年余、ゼロでは割れない、ゼロで割ることを考えてはいけないは 1000年を超える世界史の常識であり、天才オイラーは それは、1/0は無限であるとの論文を書き、無限遠点は 複素解析学における100年を超える定説、確立した学問である。割り算を掛け算の逆と考えれば、ゼロ除算が不可能であることは 数学的に簡単に証明されてしまう。しかしながら、アリストテレスの世界観、ゼロの概念、無とか、真空の概念での不可思議さゆえに2000年を超えて、議論され、そのため、ゼロ除算は 神秘的な話題 を提供させてきた。

確定した数学に対していろいろな存念が湧き、話題が絶えないことは 誠に奇妙なことと考えられる。ゼロ除算には 何か問題があるのだろうか。

先ず、多くの人の素朴な疑問は、加減乗除において、ただひとつの例外、ゼロで割ってはいけないが、奇妙に見えることではないだろうか。例外に気を惹くは 何でもそうであると言える。しかしながら、より広範に湧く疑問は、物理の基本法則である、ニュートンの万有引力の法則,アインシュタインの特殊相対性理論に ゼロ除算が公式に現れていて、このような数学の常識が、物理的に解釈できないジレンマを深く内蔵してきた。実際、ゼロ除算の歴史は ニュートンやアインシュタインを悩ましてきたと考えられる。

ニュートンの万有引力の法則においては 2つの質点が重なった場合の扱いであるが、アインシュタインの特殊相対性理論においては ローレンツ因子 にゼロになる項があるからである。

特にこの点では、深刻な矛盾、問題を抱えていた。

特殊相対性理論では、光速の速さで運動しているものの質量はゼロであるが、光速に近い速さで運動するものの質量(エネルギー)が無限に発散しているのに、ニュートリノ素粒子などが、光速に極めて近い速度で運動しているにも拘わらず 小さな質量、エネルギーを有しているという矛盾である。それゆえにブラックホール等の議論とともに話題を賑わしてきている。最近でも特殊相対性理論とゼロ除算、計算機科学や論理の観点でゼロ除算が学術的に議論されている。次のような極めて重要な言葉が残されている:

George Gamow (1904-1968) Russian-born American nuclear physicist and cosmologist remarked that “it is well known to students of high school algebra” that division by zero is not valid; and Einstein admitted it as the biggest blunder of his life [1]:

  1. Gamow, G., My World Line (Viking, New York). p 44, 1970

 

スマートフォン等で、具体的な数字をゼロで割れば、答えがまちまち、いろいろなジョーク入りの答えが出てくるのも興味深い。しかし、計算機がゼロ除算にあって、実際的な障害が起きた:

 

ヨークタウン (ミサイル巡洋艦)ヨークタウン(USS Yorktown, DDG-48/CG-48)は、アメリカ海軍ミサイル巡洋艦タイコンデロガ級ミサイル巡洋艦の2番艦。艦名はアメリカ独立戦争ヨークタウンの戦いにちなみ、その名を持つ艦としては5隻目。

艦歴[編集]

1997921日バージニア州ケープ・チャールズ沿岸を航行中に、乗組員がデータベースフィールドに0を入力したために艦に搭載されていたRemote Data Base Managerゼロ除算エラーが発生し、ネットワーク上の全てのマシンのダウンを引き起こし2時間30分にわたって航行不能に陥った。 これは搭載されていたWindows NT 4.0そのものではなくアプリケーションによって引き起こされたものだったが、オペレーティングシステムの選択への批判が続いた。[1]

2004年12月3日に退役した。

出典・脚注[編集]

  1. ^Slabodkin, Gregory (1998年7月13日). “Software glitches leave Navy Smart Ship dead in the water”. Government Computer News. 2009年6月18日閲覧。

これはゼロ除算が不可能であるから、計算機がゼロ除算にあうと、ゼロ除算の誤差動で重大な事故につながりかねないことを実証している。それでゼロ除算回避の数学を考えている研究者もいる。論理や計算機構造を追求して、代数構造を検討したり、新しい数を導入して、新しい数体系を提案している。

 

確立している数学について話題が尽きないのは、思えば、ゼロ除算について、何か本質的な問題があるのだろうかと考えられる。 火のないところに煙は立たないという諺がある。 ゼロ除算は不可能であると 考えるか、無限遠点の概念、無限か と考えるのが 数百年間を超える数学の定説であると言える。

ところがその定説が、 思いがけない形で、完全に覆り、ゼロ除算は何時でも可能で、ゼロで割れば何時でもゼロになるという美しい結果が 2014.2.2 発見された。 結果は3篇の論文に既に出版され、日本数会でも発表され、大きな2つの国際会議でも報告されている。 ゼロ除算の詳しい解説も次で行っている:
堪らなく楽しい数学-ゼロで割ることを考える(18)

数学基礎学力研究会のホームページ

URLは

http://www.mirun.sctv.jp/~suugaku

 

また、再生核研究所声明の中でもいろいろ解説している。

 

 

以 上

2016.1.19.14:35

2016.1.19.18:20

2016.1.20.06:50

2016.1.21.07:05

2016.1.22.06:50

2016.1.24.06:45

2016.1.25.05:10

2016.1.25.16:35

2016.1.25。21:50

2016.1.26.06:35

2016.1.26.20:20

2016.1.27.06:10 良い 重要文書で確認された。

2016.1.27.06:55 完成、公表。

再生核研究所声明 276(2016.01.25): 捏造、事実の歪曲の禁止、悪化する情報の是正を

26 1月

再生核研究所声明 276(2016.01.25)捏造、事実の歪曲の禁止、悪化する情報の是正を

 

およそ社会や人間関係を上手くする原理は 再生核研究所声明1:

 

再生核研究所声明1 (2007/01/27)美しい社会はどうしたら、できるか、 美しい社会とは:

最近の世相として,不景気・政界・財界・官界・大学の不振,教育の混迷,さらにニューヨークのテロ事件,アフガン紛争,パレスチナ問題と心痛めることが多いことです.どうしたら美しい社会を築けるでしょうか.一年半も前に纏めた次の手記はそれらのすべての解決の基礎になると思いますが,如何でしょうか.

平成12年9月21日早朝,公正とは何かについて次のような考えがひらめいて目を覚ました.

1) 法律,規則,慣習,約束に合っているか.

2) 逆の立場に立ってみてそれは受け入れられるか.

3) それはみんなに受け入れられるか.

4) それは安定的に実現可能か.

これらの「公正の判定条件」の視点から一つの行為を確認して諒となればそれは公正といえる

 

にあると考える。

ところで、共感、共鳴、共生したいは人間の本質的な欲求であり、そのために表現の自由は極めて基本的で大事な、尊重されるべき原理である。インターネットの充実は そのような意味で、大きな自由人間開放をもたらしたものとして高く評価される。 いわゆる庶民が意思表示をするのに 従来は投書したり建議したりして、いろいろな選考過程を経て世に現れる性格を有していたが、現在はブログやその他いろいろなソーシャルネットワークや電子メールなどで 直接 意見表明が 広く行なえるようになってきた。

今回は、この大きな効用に対して、マイナスの要素を考察し、自戒して、また相当な公の機関に対しても、是正の有り様の検討を提案したい。

主旨は、個人が無責任にどんどん情報を流し、空虚な情報や偽りの情報が世に流れ、インターネットの世界が空虚で偽りの虚像に満ちた世界になる危惧である。 そこで、それを戒める原理として、

 

  • 偽って、事実でないことを 事実のように 表現してはならない。
  • 個人が勝手にいろいろ表現すれば、世には情報が氾濫して、結局、本来の目標が叶えられなくなるから、広く公表するものほど、 慎重な扱いが望まれる。 慎重さ精選さが 求められる。
  • 個人でも、国家や民族、文化、組織などに対して、いわば公器を使って私情をもって批判するのは 大いに慎むべきであり、批判するときは 相手の立場に思いを致し批判が活かせるように 具体的に行うべきである。

等が考えられる.しかし、特に第一項は大事で、社会的な影響が大きいほど、取締や罰則を強化して世に流れる情報の浄化を行なう必要があるのではないだろうか。 真智を求める基本は 事実の上に成り立つからである。 逆に 事実によらない虚偽の情報が世に反乱すれば、それこそ空虚な世界になってしまうからである。

国家や社会は、捏造、虚偽の情報が世に氾濫しないように情報の浄化のために、言論の自由と表現の自由の大事な原理に配慮しながら、具体的な方策を進めるように提案する。

しかしながら、NHK大河ドラマや小説などが、史実や事実の上に構想され いろいろな想像や創造によって作成されるが、それらは、ドラマである、小説であるという前提をしっかり捉えて、真実、事実との乖離をしっかり理解することは、空虚な世界と混同しないためにも大事であると心したい。 もちろん、ドラマや小説に対しての取締は、なじまず、全体的な良識の問題ではないだろうか。

 

關係ある考えとして、流言飛語を意図的に流す:

流言蜚語の意味 – 四字熟語辞典 – goo辞書

流言蜚語 意味

事実とは異なる伝聞。確かな根拠のないうわさ。デマ。▽「流言」も「蜚語」もともに世間に飛び交う根拠のないうわさ話。「蜚」は飛ぶ意。また、「蜚」は「飛」とも書く。

流言蜚語 出典

「流言」は『礼記らいき』儒行じゅこう、「蜚語」は『史記しき』魏其武安侯伝ぎきぶあんこうでん

流言蜚語 句例

◎流言蜚語をまき散らす

流言蜚語 用例

口外無用というよりも、役人たちは、あの事件があったことさえ、認めまいとするのだった。なかったものを、あったように言うのは、悪質な流言蜚語だというわけだ。<安部公房・榎本武揚>

があり、それらを取り締まる法律もあるが、常識的に判断できると考える: 信用毀損罪・業務妨害罪(しんようきそんざい・ぎょうむぼうがいざい)は、刑法第二編第三十五章「信用及び業務に対する罪」(第233条 – 第234条 – 第234条の2)に規定される犯罪のことである。

これらは基本的には、社会の文化レベルの問題であるが、法治国家の建前上、抑制する法やそれを執行する手段、方法の検討も必要ではないだろうか。

以 上

 

2016.1.18.14:00

2016.1.18.16:30

2016.1.18.19:00

2016.1.19.07:10

2016.1.19.10:20

2016.1.19.18:45

2016.1.20.06:30

2016.1.21.06:47

2016.1.22.06:35

2016.1.24.06:40

2016.1.25.04:50 青天 良い。

2016.1.25.05:55 完成、公表。

 

\ documentclass [12ptの] {}記事

26 1月

\ documentclass [12ptの] {}記事

\ USEPACKAGE {latexsym、amsmath、amssymb、amsfonts、amstext、amsthm}

 

 

\ numberwithin {式} {}セクション

 

\ {文書}を開始

\タイトル{\ bfのお知らせ275:ゼロの$ Z / 0 = 0 $とアインシュタインの特殊相対論による除算

}

 

\著者カーネルを再生する{{\それ研究所} \\

川内町5-1648-16、\\

桐生376-0041、日本\\

 

\日付{2016年1月11日}

 

\ maketitle

{\抽象BF:}この発表では、その重要性のために、我々はゼロ$ Z / 0 = 0 $で除算からアインシュタインの特殊相対論の基本的な結果を述べるだろう。

 

\ bigskip

{\ bfの紹介}

 

\ bigskip

 

%の\ラベル{SECT1}

{\画分の自然な拡張BF}で

\ {式}を開始

\ FRAC {B} {A}

\エンド{式}

任意の複素数のためのゼロによる除算を$と$ B $を$

\ {式}を開始

\ FRAC {B} {0} = 0、

\エンド{式}

明確かつ簡単です。最近の結果のために(\ {MSY}を引用)を参照してください。また、測量スタイルの発表179,185,237,246,247,250とカーネルを再現研究所の252を参照してください(\引用{ann179、ann185、ann237、ann246、ann247、ann250、ann252})。ゼロ除算だけでなく、数学の問題ですが、またそれは、人間と宇宙の考え方に大きな影響を与えます。カーネルを再現研究所は、宇宙に(日本の多くの)アナウンスで様々な意見を提示しています。

 

この発表では、その重要性のために、我々はゼロ$ Z / 0 = 0 $で割るからアインシュタインの特殊相対論の基本的な結果を述べるだろう。内容は2014年10月10日に日付彼のメモに寛Michiwakiが述べたと我々はより早期に、結果を明記してください。

 

\セクション{アインシュタインの特殊相対論}

 

問題/質量とエネルギー\の等価性のアインシュタインの発見は、年に{} EIN引用1905年の嘘

今日の現代物理学の中核に。アルバート・アインシュタイン\を引用よる{}アインシュタイン、静止質量$ M_0 $、

(量子力学)オブジェクトの慣性の尺度は相対論的質量に関連している$ m_R $

式により、相対速度の$ V $と真空中の光の速度の$ C $で始まります、

\ {式}を開始

M_0 = m_R \ SQRT {1 – \ FRAC {V ^ 2} {C ^ 2}}。

\エンド{式}

したがって、我々はすぐに、得

\ {式}を開始

m_R ^ 2 = M_0 ^ 2 \左(1 – 右\ FRAC {V ^ 2} {C ^ 2} \)^ { – 1}。

\エンド{式}

したがって、ゼロ除算することにより、我々は、c $を= $ Vのための驚くべき結果があります。

\ {式}を開始

m_R = 0。

\エンド{式}これは、現代の物理的な常識がその後$ようです

m_R = + \ inftyの$。

 

\ bigskip

 

\セクション{H. Michiwakiによって推測}

ゼロによる除算からの彼のシンプルな結果(1.3)として、Michiwakiはニュートリノのための彼の推測や解釈を述べました。ニュートリノ彼らは近くの$ C $または$ Cは$速度で移動しているため、小さな質量を持つことができます。

確かに、我々は$ M_0 $はニュートリノの質量が停止した場合であることを前提としています。実験として、我々は、ニュートリノの速度が$ C $または$ Cは$に近いことを知っています。そこで彼は思いました

そのニュートリノは、小さな質量を持つことになります。

 

この結果は、実験によって隆明梶田により積極実現した、彼は2015年に小説賞を得ました。

 

さらに、彼は非常に興味深い解釈呼ば{\そのエネルギーの光子}と彼のメモでゼロ除算の観点から、{\それはドップラー効果}。

 

\セクション{謝辞}

 

この発表は、もちろん、紙\に触発された{BB}を引用し、ゼロによるコンピュータサイエンス、部門と非常に興味深い関係については、\ {BHT}を引用しています。

 

\ bigskip

 

\ bibliographystyle {平野}

\始まる{thebibliography} {10}

 

\ bibitem {BB}

Barukcic JP、およびI Barukcic、反アリストテレス – ゼロによるゼロ除算、

ViXra.org(2015年6月5日(金曜日))

©I​​lijaBarukčić、イェファー、ドイツ。全著作権所有。2015年6月5日(金曜日)20時44分59秒。

 

\ bibitem {BHT}

Bergstra、JA、Hirshfeld Y.、およびタッカー、JV、

メドウズと分裂の等式仕様(arXivの:0901.0823v1 [math.RA] 2009年1月7日)。

 

\ bibitem {CS}

カストロ、LP、と斎藤、S。(2013)。

分数関数とその表現。{それ\コンプレックスアナル。オペラ。理論{\のBF7}、ありません。4、} 1049年から1063年。

 

\ bibitem {EIN}

アインシュタインは、A。(1905)イストはTrägheiteine​​sKörpersフォンseinem Energieinhaltabhängig?アナーレン・デア・フィジーク、容量を死にます。323号13頁639から641まで、

 

\ bibitem {アインシュタイン}

アインシュタイン、A.(1905)。

Körper、アナーレン・デア・フィジーク、巻bewegterツアElektrodynamik。322号10頁891から921。

 

\ bibitem {kmsy}

黒田、M、Michiwaki、H.、斉藤、S.、および山根、M.(2014)。

$ 100/0 = 0 $と$ 0/0 = 0 $上の新しいゼロ除算の意味や解釈、

{int型にそれを\。J. APPL。数学。巻。27、NO 2}、191-198、DOI:10.12732 / ijam.v27i2.9。

 

\ bibitem {MSY}

Michiwaki H.、斎藤S.、および山田M.(2015)。

ゼロ$ Z / 0 = 0 $で除算した現実。IJAPM応用物理と数学の(国際J.。(表示されます)。

 

\ bibitem {MST}

Michiwaki、H.、斉藤、S.、および高木、M.

無限遠点とゼロのz​​ / 0 = 0による除算のための新しいコンセプト

(原稿)。

 

\ bibitem {S}

斎藤、S。(2014)。

行列のアダマールとテンソル積の一般化逆位、

{\それは線形代数\&行列理論の進歩。第4巻第2号、87-95。} http://www.scirp.org/journal/ALAMT/

 

\ bibitem {タカ}

高橋、S.-E. (2014年)。

{アイデンティティで$ 100/0 = 0 $と$ 0/0 = 0 $。}

(注意)

 

\ bibitem {TTK}

高橋、S.-E.、塚田、M、小林、Y.(2015)。

{\実数と複素数のフィールドの連続分数二項演算のそれ分類。数学の}東京ジャーナルは{\ bfの8}、(印刷中)2番。

 

\ bibitem {ann179}

ゼロによる除算は、z / 0 = 0として明らかであり、それは数学の基本です。{\それお知らせ179(2014年8月30日)。}

 

\ bibitem {ann185}

ゼロ$ Z / 0 = 0 $で除算することの重要性。{\それお知らせ185(2014年10月22日)}。

 

\ bibitem {ann237}

幾何光学によってゼロ$ Z / 0 = 0 $で除算した現実。{\それお知らせ237(2015年6月18日)}。

 

\ bibitem {ann246}

直線の傾きによってゼロ$ 1/0 = 0 $で除算した解釈。{\それお知らせ246(2015年9月17日)}。

 

\ bibitem {ann247}

Y軸の傾きがゼロと$ \で日焼け(\π/ 2)ゼロ$ 1/0 = 0 $で除算することによって= 0 $。{\それお知らせ247(2015年9月22日)}。

 

\ bibitem {ann250}

数字は何ですか? – ゼロ$ Z / 0 = 0 $での除算を含む山田フィールド。{\それお知らせ250(2015年10月20日)}。

 

\ bibitem {ann252}

円、曲率 – 除算の博氏Michiwakiによる解釈

ゼロ$ R / 0 = 0 $。{\それお知らせ252(2015年11月1日)}。

 

\エンド{thebibliography}

 

 

 

\エンド{文書}

 

ゼロ$ Z / 0 = 0 $で除算したリアリティ

http://www.ijapm.org/show-63-504-1.html

 

再生核研究所声明 277(2016.01.26):アインシュタインの数学不信 ― 数学の欠陥

26 1月

再生核研究所声明 277(2016.01.26)アインシュタインの数学不信 ― 数学の欠陥

 

(山田正人さん:散歩しながら、情念が湧きました:2016.1.17.10時ころ 散歩中)

 

西暦628年インドでゼロが記録され、四則演算が考えられて、1300年余、ようやく四則演算の法則が確立された。ゼロで割れば、何時でもゼロになるという美しい関係が発見された。ゼロでは割れない、ゼロで割ることを考えてはいけないは 1000年を超える世界史の常識であり、天才オイラーは それは、1/0は無限であるとの論文を書き、無限遠点は 複素解析学における100年を超える定説、確立した学問である。割り算を掛け算の逆と考えれば、ゼロ除算が不可能であることは 数学的に簡単に証明されてしまう。

しかしながら、ニュートンの万有引力の法則,アインシュタインの特殊相対性理論にゼロ除算は公式に現れていて、このような数学の常識が、物理的に解釈できないジレンマを深く内蔵してきた。そればかりではなく、アリストテレスの世界観、ゼロの概念、無とか、真空の概念での不可思議さゆえに2000年を超えて、議論され、そのため、ゼロ除算は 神秘的な話題 を提供させてきた。実際、ゼロ除算の歴史は ニュートンやアインシュタインを悩ましてきたと考えられる。

ニュートンの万有引力の法則においては 2つの質点が重なった場合の扱いであるが、アインシュタインの特殊相対性理論においては ローレンツ因子 にゼロになる項があるからである。

特にこの点では、深刻な矛盾、問題を抱えていた。

特殊相対性理論では、光速の速さで運動しているものの質量はゼロであるが、光速に近い速さで運動するものの質量(エネルギー)が無限に発散しているのに、ニュートリノ素粒子などが、光速に極めて近い速度で運動しているにも拘わらず 小さな質量、エネルギーを有しているという矛盾である。

そこで、この矛盾、ゼロ除算の解釈による矛盾に アインシュタインが深刻に悩んだものと思考される。実際 アインシュタインは 数学不信を公然と 述べている:

 

What does Einstein mean when he says, “I don’t believe in math”?

https://www.quora.com/What-does-Einstein-mean-when-he-says-I-dont-believe-in-math

アインシュタインの数学不信の主因は アインシュタインが 難解で抽象的な数学の理論に嫌気が差したものの ゼロ除算の間違った数学のためである と考えられる。(次のような記事が見られるが、アインシュタインが 逆に間違いをおかしたのかは 大いに気になる:Sunday, 20 May 2012

Einstein’s Only Mistake: Division by Zero)

 

簡単なゼロ除算について 1300年を超える過ちは、数学界の歴史的な汚点であり、物理学や世界の文化の発展を遅らせ、それで、人類は 猿以下の争いを未だに続けていると考えられる。

数学界は この汚名を速やかに晴らして、数学の欠陥部分を修正、補充すべきである。 そして、今こそ、アインシュタインの数学不信を晴らすべきときである。数学とは本来、完全に美しく、永遠不滅の、絶対的な存在である。― 実際、数学の論理の本質は 人類が存在して以来 どんな変化も認められない。数学は宇宙の運動のように人間を離れた存在である。

再生核研究所声明で述べてきたように、ゼロ除算は、数学、物理学ばかりではなく、広く人生観、世界観、空間論を大きく変え、人類の夜明けを切り拓く指導原理になるものと思考される。

以 上

Reality of the Division by Zero z/0 = 0

12 1月

Reality of the Division by Zero z/0 = 0

http://www.ijapm.org/show-63-504-1.html

http://okmr.yamatoblog.net/

再生核研究所声明 274(2016.01.08): 間をとることの重要性、余裕を持とう

8 1月

再生核研究所声明 274(2016.01.0): 間をとることの重要性、余裕を持とう

ここで述べたいことは、次に相当表れているので先ず、要点を復習したい:

 

再生核研究所声明234(2015.6.16)西行花伝 ― 辻邦生、新潮社を読んで – 雅について

まず、雅の語を確認して置こう: 雅(みやび、まさ〔名乗り〕)とは、上品で優雅なこと。宮廷風・都会風であること。風采の立派なこと。動詞形は「みやぶ」。(ウィキペディア)

本では、弓の名人、源重実が 西行(義清)に雅の意味を説明している。 大事な言葉を引用しよう(その辺の精読を勧めたい):

弓を射るとき、型があり、それから外れると、いかに矢が的を射ぬいても、それは雅の匂いを失う、的に当たるより、むしろ雅であるが大事、雅であることは、この世に花を楽しむ心である、余裕があったとき初めてこの世を楽しもうとする気持ちになる。この楽しもうとする心が雅なのだ、矢を射ること そのことが、好きな人、当たれば嬉しいが、当たらなくても好きな人 そういう人こそが 留まる人、つまり雅である人だ。―― しかしながら、雅とは拘らない、自由に楽しむ姿勢であるから、生や死に拘ることは既に 雅の心に反しているのであるから、相当に高い悟りを表していると言える。――  ガツガツしないで ゆったりと楽しむ心超然とした心持ち、それが雅と表現できるだろう。 留まる心 だという。―― 世相で言えば、平安時代の貴族の生活は 雅すぎで、現代の世相は ガツガツしすぎているとは言えないだろうか。世相に落ち着きをとり戻したい。
現代の世相は 何か急かされているような状況はないだろうか、それゆえに 自分の世界や、家庭、生活に追われて視野が狭く、相手や他の世界をしっかり観る余裕が無くなっているような状況はないだろうか。もちろん、活動は生命の躍動の原理であるが、活動を質の高いものにするには、明に対して暗、間を静をきちんと配慮するのが大事ではないだろうか。日本では、お茶の時間です、という良い習慣がある、大事にしたい。

ところで解析的な解とは、厳密解であり、一切の誤差を許さない、それに対して誤差を許す解、近似解を求めるチコノフ正則化法は神秘力を有し、そこからゼロ除算1/0=0を発見したが、解の誤差を許容することによって、良い近似解の構成を格段に簡明にする、哲学的な意義がある。これは何事余裕をもって考えようである。具体的な心得として、社会には何事期限や締め切りがあるものであるが、それらの期限以前に余裕をもって済ませてしまおうという、心得である。期限が迫れば、何かの事情で いろいろ期限のことで余計な気遣いがひとりでに湧いてきて、精神衛生上も 良くない状態に追い込まれるだろう。 もちろん、期限を守れないのは、世の約束、秩序の根幹に抵触することであるから、厳禁であることは 当然である。

急かされた生活、仕事について、先ず、精選無駄なこと余計なことを排除して、余裕を持つ態度が大事ではないだろうか。精選良いものを少なく、選択するは、省エネの原理であり、間をとる、作る原理ではないだろうか。絶えず、心の整理、整頓に心がけることが 大事ではないだろうか。― ここで最も大事なことは 余計な想像をしないこと気にしないことである。永遠の意味や宇宙回帰説:

 

再生核研究所声明262(2015.12.09) 宇宙回帰説 ― ゼロ除算の拓いた世界観

再生核研究所声明 264 (2015.12.23):  永遠とは何か ― 永遠から

 

などは、人生そのものに 余裕を与える 心持ちの原理になるだろう。それらは、人生の目標などが 未来にあるのではなくて、現在にあることを述べている。一歩踏み込めば、ものごとの結果、成果などは 大して意味はなく、活動している過程に意義があること知ることである。

以 上

 

2016.1.6.14:50 朝の散歩おり、閃く

2016.1.6.15:35

2016.1.6.20:45

2016.1.7.06:10 研究室の窓から、細い三日月が、復活を思わせる

2016.1.7.09:40

2016.1.7.15:10

2016.1.7.18:45

2016.1.7.21:25

2016.1.8.04:00 完成、公表

再生核研究所声明 273(2016.01.06): つくられた人間 ― 人間とは何だろうか; 人生とは何か

6 1月

再生核研究所声明 273(2016.01.06): つくられた人間 ― 人間とは何だろうか; 人生とは何か

つくられた人間、考えてみれば、人間は気づいたら生まれていた。いつもお腹が空くから、空腹を満たしたい、できれば美味しく気持良いものを頂きたい。寒さも暑すぎるのも嫌で 快適な環境で過ごしたい。これらの気持ちは 多くの動物と同じように 誰でも懐く基本的な要求ではないだろうか。人生の意義は 感動することにある と人生の基本定理で述べた。 しかし、何故、どうして、感動するかと問えば、実はそれらは既に 定められていると言える。空腹を満たしたい、いい感動をしたい、年頃になると恋に目覚めて、注目されたり、思われたりしたい という情念がひとりでに 湧いてくる。これらのほとんどが、定められていて、われわれは多くはそのような情念に動かされて生きていると言える。すなわち、われわれの道は、生きる道は、実は定まっていて、その道を歩まされていると言える。人は何故生きているのかと問えば、多くの人は、 死にたくないから、上記のように生物の本能を満たしたいから、と答えるだろう。もし人間が、生きたくない、死にたいと 本当にそのように感じる心がつくられていれば、人間は生きず、当然、生存できず、人間は滅んでしまうだろう。だから、人間をつくったものは、人間を生かすような仕組みをわれわれに備えているのは当然である。

われわれがつくられた存在であることは 歴然である。誰ひとりとして、自分をつくったものはいなく、基本的なものは与えられ、定められている。われわれが自分で、自分の自由意思で決めた、判断したと言っても、それは良い気持ちや、感動するためなど、天賦のものに従うように働いていると言える。

人間が自由といっても、そのような意味で、われわれはつくられたものの意思に従っているだけの存在であるとも言える。そのような意味で、われわれば だだ生かされているだけの存在だとも言える。少し、哀しくもなるが、良く生きるとは、帰するところ、われわれをつくったものの意思に忠実に従って生きる、ということになる。そこで、われわれが如何につくられているかを よく知ること、そして、それに良く従って生きるのが 良いということになる。

例えば、空腹を満たしたいは、相当に基本的な要求であるから、見方を変えれば、われわれは胃の要求に縛られ、終生胃の要求を満たすように働かされているとも言える。

恋の要求、愛されたい、仲間を増やしたい、友人が欲しい、家族が欲しい、真理を追求したい、などなどみな人間の存在の仕組みに織り込まれていて、我々はそれらに支配されて働かせられていると言える。

人間が、自分が どのようにつくられているかを問うことは、なんじ自らを知れの核心ではないだろうか。人生如何に行くべきかについて、私はどのようにつくられているかと問うのは 良い方法ではないだろうか。この観点では 相当に客観的に科学的な解明を進めることができるのではないだろうか。地についた考え方であると考える。

ここには、人間如何に生きるべきかの原理ばかりではなく、人間が自分をつくったものから完全に解放され、完全な自由を得る原理さえ確かにある。

 

以 上

 

2016.1.3.20:30

2016.1.4.07:30

2016.1.4.14:30

2016.1.4.16:55

2016.1.4.21:15 結構完全である

2016.1.5.05:15 完全

2016.1.5.21:40 大学に、午後行ってくる。

2016.1.6.06:00 完成、公表

 

再生核研究所声明 272(2016.01.05): ゼロ除算の研究の推進を

5 1月

再生核研究所声明 272(2016.01.05): ゼロ除算の研究の推進を

 

ゼロ除算1/0=0は、西暦628年インドでゼロが記録され、既に問題とされ、それ以来の発見で、未知の新しい数学、新世界である。すなわち、ゼロで割ることは 不可能であるがゆえに 考えてはいけないとされてきたが、ゼロで割ることができるとなったのであるから、未知の世界を探検できる。既に数学的には確立され、物理的、幾何学的にも実証されている。最近、素人にも分かるような面白い例が結構沢山発見されてきたので、広く そのような面白い新しい現象の発見を呼びかけている。結果は、分数を拡張して (ゼロ除算は普通の意味での割り算ではなく、ある意味での割り算である)、何でも0で割るとゼロで、面白いのは、どの様に考えを一般化しても、それに限ることが証明されたことである。導入、動機、一意性、すなわち、それ以外の考えが無いこと、それらが、高校レベルの数学で、簡単に証明された。出版された論文は、高校生にも理解できる内容である。具体的な結果は、関数y = 1/x のグラフは、原点で ゼロであると述べている。すなわち、 1/0=0 である。それらは 既に 数の実体である と言える。

― 要点は、上記直角双曲線は、原点で猛烈な不連続性を有し、爆発や衝突、コマで言えば、中心の特異性などの現象を記述している。複素解析学では、1/0として、無限遠点が存在して、美しい世界であるが、無限遠点は 数値としては ゼロが対応する。現在までに発見されたゼロ除算の実現例を簡単に列挙する:

万有引力の法則で、2つの質点が一致すれば、引力はゼロである;一定の角速度で回転している回転体の中心で、角速度はゼロで、中心で不連続性を有している;光の輝度は光源でゼロであること:円の中心の鏡像は 無限遠点ではなくて、中心そのものであるという強力な不連続性;電柱の微小な左右の揺れから、真っ直ぐに立った電柱の勾配はゼロであり、左右からマイナス無限とプラス無限の傾きの一致として、傾きゼロが存在している; これは複素解析における極の概念を変える;代数的には ゼロ除算z/0=0を含む体の構造が明らかにされ、数体系として自然な体系である複素数体より ゼロ除算z/0=0を含むY体 の方が自然であること;点の曲率がゼロであること、などである。

さらに、原始的なテコの原理にもゼロ除算は明確に現れ、初等幾何学にもいろいろ現れ、例えば、半径Rの円をどんどん大きくすると、円の面積はいくらでも大きくなるが、半径が無限になると突然、その面積はゼロになることが認識された。Rが無限になると円は直線になり、円は壊れて半空間になるからである。このことの明確な意味が数学的に捉えられ、一般に図形が壊れる現象をゼロ除算は表していることが分かった。これらの現象は ゼロ除算が 普遍的に存在する現象を説明するもの と考えられる。

また、ゼロ除算において 無限遠点が 数値では ゼロで表されることは 驚嘆すべきことであり、それではuniverse は一体どうなっているのかと、真智への愛の 激しい情念が湧いてくるのではないだろうか。ゼロ除算は、数学ばかりではなく、物理学や世界観や文化にも大きな影響を与える:

 

再生核研究所声明166(2014.6.20): ゼロで割る(ゼロ除算)から学ぶ 世界観

再生核研究所声明188(2014.12.16): ゼロで割る(ゼロ除算)から観えてきた世界

 

ゼロ除算の最も関与している研究は 第1に複素解析学への影響、複素解析学の研究である。実際、ゼロ除算は、ローラン展開そのものの見方から始まり、それは佐藤の超関数や特異積分などに関係している。

第2は、ゼロ除算の物理学への影響である。ニュートンの万有引力の法則など多くの物理法則の公式に、ゼロ除算が現れるので、それらに対する新しい結果の解釈、影響である。

第3は ゼロ除算の代数的な、あるいは作用素論的な研究である。これらも始まったばかりであり、出版が確定している論文:

 

S.-E. Takahasi, M. Tsukada and Y.Kobayashi, Classificationof continuous fractional binary operators on the realand complex fields, TokyoJournal of Mathematics {\bf 8}(2015), no.2 (in press).

がそれらの最先端である。

 

これらの分野では、誰でも先頭に立てる新しい研究分野であると言える。

新しい研究分野となると、若い人がやみくもに挑戦するのは危険だと考えるのは、理解できるが、ある程度自己の研究課題が確立していて、多少の余裕がみいだせる人は、新しい世界を自分の研究課題と比較しながら、ちょっと覗いてみるかは、面白いのではないだろうか。思わぬ関連が出てくるのが、数学の研究の楽しさである。アメリカ新大陸に初めて移った人たちの想い、ピッツバーグの地域に初めて移住した人たちの想いを想像してみたい。ゼロ除算は 新しい数学で専門家はいないから、多くの人が面白い現象を発見できる機会があると考えられる。次も参考:

 

再生核研究所声明189(2014.12.233): ゼロ除算の研究の勧め

再生核研究所声明222(2015.4.8): 日本の代表的な数学として  ゼロ除算の研究の推進を求める

再生核研究所声明253(2015.10.28): 私も探そう ― ゼロ除算z/0=0 の現象

再生核研究所声明259 (2015.12.04): 数学の生態、旬の数学  ― ゼロ除算の勧め

再生核研究所声明262 (2015.12.09): 宇宙回帰説 ― ゼロ除算の拓いた世界観

 

ゼロ除算は下記のように述べられる世界史上の事件であると考えられる:

 

地球平面説→地球球体説
天動説→地動説
1/0=∞若しくは未定義 →1/0=0

 

そこで、ゼロ除算の研究の推進を 広く呼びかけたい。研究を推進させるために、研究への参加や、研究活動へのいろいろな協力や応援を求めたい。

以 上

 

2016.1.3.13:40

2016.1.3.14:25 暖かな、青天

2016.1.3.14:55

2016.1.3.19:00 これは既発表の声明と重なる

2016.1.4.07:15

2016.1.4.13:55

2016.1.4.16:50

2016.1.4.21:10

2016.1.5.05:07 青天、暖かな朝

2016.1.5.05:20完成、公表